本当のことに気づく大切さ

Hi〜! 今日は少し深い話を・・・



本当のことに目覚める

10年以上前に教えていただいたこと『この世の中には【私】ということすら存在しない』と。

ん??・・・どういう事と思う方が多いと思いますが、当時の私は命のタイムリミットが永くないという事を告げられ死生観の経験真っ只中でしたので、この言葉の意味やそれそのものの事実は、何の疑問を抱くことなく『真実だな〜』と当時からすんなりと受け止められました。


私たちが【自分】と思い込んでいる者は、マインドから創り出されたキャラにすぎません。

体は借り物です。誰しも必ずいつの日か借り物を還すのです。


そして誰しも真我(self)があります。

【自分】と【真我】は違います。真我とはselfであります。


人生を生きていく上で、いち早くこの違いに気づく事が本当の幸せを手に入れる近道となるのです。






1つしか存在しない

あなたにとっての幸せとはどういった形でしょうか?

そもそも「あ〜私は幸せだな〜!!」と感じる感情というのは、一時的なものですね。

もっと言えば、嬉しい・楽しい・悲しい・腹立たしい・幸せ・不幸せ・・・全ての感情は一時的であり継続をしないものです。流れていくもの。


それが、継続しているように思えるのは執着しているから繰り返されているだけです。

大半の人が無意識なまでも「欲望」にかられています。

それは、「今日を楽しく過ごしたい」「今日は〇〇であって欲しい」などと、些細な事でも欲望というものがマインドに存在します。


ですが本来は、全てのものや出来事は【完全】しか存在しないのです。


日常の一瞬、一瞬に人間は【思考】というものを使い、「良い・悪い」のジャッジをするから、楽しい・楽しくない・幸せ・幸せじゃない・嬉しい・嬉しくない・・・の二極性が存在していくのです。


self (真我)の視点でみたならば、本来は完全しか存在しないのです。全て愛しか存在しないのです。

【自己視点】でみたならば、【世の中の全てが完全・存在する全てが愛】それさえも見えなくなっていくのです。


マインドとは、無意識に私たちを忙しくさせてくれるものであります。

そうなると、人は常に概念で物事を捉えなくてはなりません。


(社会というものが成り立つ以上、ルールが必要となる為、犯罪的なことであれば法で裁かれるようなジャッジは必要不可欠となりますが。)



     目標

      ↑

夢 ← self → 目的

      ↓

     目標



・夢や目標を叶えたならば、嬉しい・幸せ・達成感・満足感を味わうことは出来るでしょう。それもまた、一時的感情ですので、心地良さは感じられても、永遠の幸福感は得られないでしょう。


・目標を叶えたならば、新たなる目標が設定され、時には焦りや迷いなどを生み出すことで、ここに幸せがない事に必ず気づくタイミングがやってきます。


そんな事ない、途中経過も幸せだよ。・・・というのは、真我視点ではなく、まだ自己視点で物事を捉えている段階にすぎません。



幸せとは?

今回は掘り下げたお話をしているので、わかりにくい方もいらっしゃるかと思います。理解できる事が良い悪いはありません。少しづつ理解できる自分が存在していくとこで、一歩一歩あなたがselfに近づいているという事です。


幸せとは矢印→の向く方向に存在するのではなく【self】に存在しているのです。

自己と自分は、別物です。同一化しない。


この事はとてもシンプルです。


現に、一生かけてもselfと繋がり合えないままの方々も沢山います。

なぜなら、思考・マインドから支配されているからです。


この事もまたとてもシンプルです。


ヨガは、心の作用を止めるものであり、それはとても重要なことであります。

Yogaスートラにもあり重要視されています。


個人的に、【心の作用を止める】は途中過程だと捉えています。さらに踏み込んだ話をするならば、

「心の作用を止める・止めない」それすらが存在しないということ。


そう断言できる自分が存在している。それは、冒頭で述べた10年以上という時間の経過・・・

死生観を経験し、selfと繋がった世界で生きているから。


私たちが、日々目にしている全ては幻想です。

命尽きるときに、そのことが理解しやすいと思います。


残念ながら今はそれが幻想だということに気づけないのもまた、概念だったり、マインドがもたらす働き・そこから生まれるエゴ・・・日々の光景や・時代は変われど、根本的な部分はグルグル、グルグルと生きている間中変わらず繰り返されていくのです。


自己視点から卒業しよう♡